本当の自分 〜脱・AC〜

性格習慣病。アダルトチルドレン(AC)を克服しようと奮闘する人のブログ。

84🤫なんか毒親分析をしたい〜①

どうも。ACです。
この前、このアパートに越してきてから初めて湯船に浸かりました。やっぱりお湯に入ると気持ちいいです。うちは追い炊きがないので湯を張るのがもったいなくて今まで使ってませんでした。疲れたときやリラックスしたいときには、やっぱりお風呂ですな。










さて、気が向いたので毒親ディスる記事を書こうと思います。


多分他にも出てくるような気がするので、この記事のタイトルは「①」としてみました。


こんなことわざわざ思い出して羅列して何になるのかはわかりませんが笑、なぜか書きたいと思ったので書いておこうと思います。











それでは。
毒親あるあるを言いたい〜。








◆イヤミを人の言葉として伝えがち

「玄関にある靴が邪魔だって、ばあちゃんが言ってたわよ」

忍法! ◯◯が言ってたわよの術。


毒親は自分が他人からどうみられるかを謎のポイントで気にする生き物なんじゃないかと思います。


周囲の人間から嫌われることや能力がないのを知られることなどを、極端に恐れている節があります。だから、何かあると「私は✖︎✖︎だけど、〇〇がこう言ってたから」「〇〇の話だとこう」などと、自分が責任を負わない方向に持って行くやり方で話したがります。


しかし見てくれや世間体を気にする割にはその考えは本人の中だけの基準なので、他人からすればなぜそんなに人のせいにしたがるのか、見栄を張っているのかと、疑問に感じたりします。


この例の場合、「靴をどかしてほしい」そう言えばいいだけです。


更には、それを伝えるのに当たって「邪魔だって言ってた」というイヤミな言い方になってしまう。


イヤミな上に、発言の責任を他人になすり付ける。


もうこれは、ひねくれた性格と自信のなさが露呈している以外の何でもないでしょう。











◆謝らない

「私が悪いって言いたいんでしょ?!怒」


毒された人々は決して謝りません。
自分の否は認めません。
薄々自分が悪いとわかっていてもです。


認めることを恐れているのです。
もともと自尊心が無いからです。


また、責められているわけではないのにそう捉えるひねくれた部分があり、勝手に『責められた!』と感じて同様の発言をすることもあります。


おそらく本人には、本当にそう聞こえているのです。自らが毒に侵されているので、そのように脳内変換されてしまうのでしょう。


哀れな人たちです。










◆恩着せがましい

「育ててやったのに」


毒親といえば、恩着せがましい。
よくありますよね。


そう言えば、うちの毒親が、老後のことはああしてくれこうしてくれと、私に楽しそうに話してくることがありました。当時は、言われなくても親ですもん、親が歳をとったら面倒を見ようなんてわざわざ考えもしないほど、そのことを当たり前に感じていました。


でも、老後のために子どもを産んだんだとか言われると、悲しい気持ちにしかなりません。










◆都合がいい

「心配なのよ!泣」


私が一人暮らしをしようと思うと初めて告げたとき、全力で止められました。なぜなら、依存対象である娘がいなくなることを恐れているからです。


しかしそこで出てきた言葉は「心配なのよ」です。これは違います。自分の手元に置いておきたい、そういうことです。


本当に娘を心配するならば、24歳の成人した私を心配していないで、10代の頃の荒れ狂ってた私に、そんな風に泣き怒りながら「心配なのよ」と言ってあげて欲しかったです。


手のつけようもなく荒れた10代の私を、毒親はほぼ無視でした。それが、20代で真面目に(?)なった私には、幼い頃暴力でねじ伏せていたようにまた強気で挑んできます。


相手を見て、都合のいい言い方をする。
反抗されると分かれば無視を決め込む。


出て行けとかあんたみたいな子どもを産んだ覚えはないとか、散々罵ったり暴力を振るったかと思えば、今度は「あなたしかいないわ」「あなただけよ」と擦り寄ってくる。


毒された人々は都合がいいんです。


……ただその人々には、自分が都合のいいことばかり言っていることに自覚がある人とない人がます。
自覚ありはメンヘラです。暴力を伴うことが安易にあり危険。
無自覚で本気でその言葉を口にしているのは大体過干渉です。
……どちらにしても厄介です。










◆他人への愛想 は いい

「あなたのお母さんは、気さくで明るくて元気で、いいお母さんだね」


学校の先生や、元婚約者の両親、他にも何度か言われました。


私から言わせて貰えば、そんなのは見てくれがいいだけです。「あなたたちは本当のうちの母を知らない」。あの頃の暴力や罵りを知ったらどう思うのだろうか。


多分、見てくれだけがやたらといいせいで、そのことを他人に言っても信じて貰えないか、私が母を悪く捉えすぎだとか、私がまだまだ子供だとか、親の苦労をわかってないだとか、そんな話になってしまうと思います。ここが辛いところです……。


飯食わしてもらってきたんだから感謝しろと?? そもそも、私は産んでくれと頼んだことなどありません。


あちらが自分で勝手に「親になる」と決めたのです。


















書いててなんとなく思ったけど、私は自分の子供の頃(虐待してた毒親)を振り返る事は簡単にできるけど、


私が大人になってから(私に依存する毒親)を振り返ることはまだあまりできない。
まだ最近の事だからなのか、母と縁を切ろうとしている大人になった自分に後ろめたさがあるからなのか……。


今、落ち着いてきて、振り返る準備ができてきたから、書きたいと思ったのかもしれません。


んー、毒親分析じゃなくて自己分析になった。笑



これが克服の術の内になればいいですけどね。。