本当の自分 〜脱・AC〜

性格習慣病。アダルトチルドレン(AC)を克服しようと奮闘する人のブログ。

42🌑母に、つゆごと素麺をブチかましてやろうと思った話。

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久しぶりに怒りが死ぬほどこみ上げた

あなたは、母にただ話しかけられただけで、殺したくなるほど怒りがこみ上げることなんてありますか???

 

 

*◆何があっても母が好き

ーー私は子どもの頃、母から虐待を受けて育ちました。テストでは100点を取らないと削り尖った鉛筆で手の甲を刺されました。穴が開きます。勉強も生活の身の回りのことも、母にとって100点でなければ暴力と罵声を浴びせられました。

父はギャンブルで借金を作り、母は返済と生活費の補填のため夜パートに出るようになりましたが結局は離婚しました。私が小学校から帰ると入れ替わりで母がパートに出るので、虐待の頻度は物理的に減りましたから、ある意味ではよかったのかもしれない。

それ以降、私は母の味方でした。父も母も大好きだったのだけれど、それ以降は父を恨むようになりました。母は父がどんなだったかを私に話して聞かせましたし、聞かされなくても父が悪いのは分かります。だからずっと、私は母の味方でした。

 

 

*◆認知の歪みを直すのに必要なこと

しかしつい最近、それが覆されました。1ヶ月前。どうにも完璧主義で傲慢な自分の性格の由来を調べていると、幼い頃の母親との関係に帰するという現実を嫌という程叩きつけられました。否定したくて多方面からとことん調べ上げましたが、調べるほどにそれが真実だった。しまいには精神科医にもそう告げられました。

母から虐待を受けていたと言う過去を受け入れることは難しかったです。難しかったというか拒否反応が起こる。「そんなことはない、ただ躾が厳しかっただけだ、立派に育ってほしいと思うあまり少し行き過ぎただけだ」何年もの間そんな風に思っていました。

自分の母が毒親だなんて大抵の人は受け入れ難いことです。父がまともでなかったために母の味方でい続けた私にとっても、それは非常に辛辣な現実でした。

しかし完璧主義を治すことやアダルトチルドレンとしての生きにくさ(自己喪失感や自己否定や虚無感、希死念慮、うつ気分など)を治すには、自分が自分らしく生きていくためには、自分が虐待を受けていたという辛い事実を受け止めなければならなかった。過去とこれからを切り離し割り切って、新しい思考パターンを得ることで母から植えつけられた認知の歪みを治すには、事実を受け止めなければならなかった。精神科でもそう言われました。

 

 

*◆自分の行動を認められない母

1ヶ月前、私は母に、自分の思いを告げました。虐待をされて辛かったこと、それでも母が大好きなのだということを。

昔から、母はいつだって私の話をきちんと聞くことはなく、必ず話を遮って自分の意見を話し始めます。私は良い子でいくて話を聞きました。どうしても辛いときは「もういいよ」と言ってそれ以上その話は母に持ちかけないようにすることで理解してもらえないもどかしさや切なさを誤魔化してきました。

でもあの日は、毎度の如く話を遮る母に向かって「たまには最後まで聞いてよ」と半ば怒りを込めながら、自分の思いを告げました。

母は、謝るどころか怒りながら泣いて悲しんで、私を拒否しました。「私が悪いっていうんでしょ」「子どもに自分の子育てを真っ向から否定された」母から出てくるのはそんな自己防衛の言葉で、私に対して謝罪のしの字もありませんでした。

 

辛いことでしたよ

 

だって私は、分かり合えると思っていたんです。母なら私のこの辛かった気持ちを受け止めてくれると信じて疑いませんでした。母は自分を責めてしまうだろうと思っていました。

ところが、違ったんです。自分を責めるなんて毒親にはないらしいです。いろんな本やネットにそう書いてあったけど、本当だった。私の母は違うと信じていたけど、私の母もただの毒親でした。

 

 

*◆母という存在への諦め

母には諦めがつきました。

母にわかってもらおうだなんて考えるのは間違っているのだと身をもって実感させられましたから。

 

まずは母と距離を置くため家を出られるように、今新しい仕事を探しているし、家を出る計画も立ててる。1ヶ月でずいぶん回復したと思ってました。あの抑うつ状態から1ヶ月ほどで仕事を探したり面接に行ったりできるようになったんだから。私はこの1ヶ月で、母への憎しみが薄れてきていました。前ほど辛い気持ちにならなくなっていて。もう未練もないし、自分は大丈夫になったと思っていました。でも違ったみたいです。残念なことに。

 

 

*◆諦めたんだから恨みも消えると思った

今日私が夕飯を食べていたときのことです。左手で椀を持って、つゆにそうめんを入れてといてました。母がおもむろに「あなたも鰻、たべますか?」と聞いてきました。

 

それだけ。

 

1ヶ月振りに母から話しかけられました。ただ話しかけられただけなのだけど、あれ以降初めてかけられた言葉でした。私は衝動的に左手に持った椀をそのまま母にぶっかけてやりたい衝動にかられました。とてつもない怒りがこみ上げて。実際には掛けずに済んだけど、かけてやってもよかったと思う。

 

1ヶ月前、私は、今までの人生、一生分の思いの丈を全て込めて、全力で、母に思いを伝えました。虐待が辛かったことも、それでも母が大好きであるということも、言葉を変えながら最大限に伝わるように、全ての気持ちを全力で伝えました。それなのに。…返ってきた言葉は母自身を防衛する言葉しかなかった。

 

この、裏切りとも拒否とも取れる母の反応を受け入れる私の心の内は、同じような何かを味わった人でなければ分からないでしょう。それを私は耐えていた。この1ヶ月、自分なりのやり方でひたすら耐えてきた。それなのに。

 

「あなたも鰻、たべますか?」

 

その前に、もっと他に、言うことありますよね??

もっと他の態度が、ありますよね??

まるで何事もなかったかのように振る舞う母に、耐えられなかった。

 

もう大丈夫だなんて、嘘でした。勘違い。絞め殺してやりたい、そう思います。

 

 

*◆諦めたものは愛情だけだった

そう言えばそうだった。私の部屋は居間と隣り合わせです。自室にいると隣の部屋から大きな声でテレビと会話する母の声が聞こえてきます。そういう時の私は、ものすごく怒りがこみ上げて仕方なかった。壁やベットに拳を投げつけていました。なんだ、大丈夫だなんて、ずいぶん勘違いでした。大丈夫になったことなんて多分一度もなかったみたいです。

 

これを人に話しても、わかってもらえない気がします。もう散々です。「そのうち元どおりになるよ」「お母さんだって、苦労したんじゃない?」だから何ですか?  私が虐待を受けた理由になりますか?  私の心情は無視されるべきなんですか?  私はまた以前のように母の味方であればいいんですか?  それが正しい子どものあり方だからですか?  生まれて此の方自分の人生をぶち壊されても味方でなければいけないんですか?  私は母の思い通りに動かせる「モノ」なんですか?  

 

 

 

*◆諦めたことはスタート地点た立っただけ

母も育ちがおかしいんだと思います。祖母や祖父から否定されて育ったんだと思います。そうだとすれば、それはかわいそうなことなんでしょう。子どもは親から何か言われれば、それが100%正しいのだと信じて疑うことはありません。全く無抵抗のままなんの疑いも持たず、そういう価値観の人間に育つんでしょう。しかし、母の育ちがどうで、母がどんな人間性に育ったかなんて、私には関係ありません。私は母を選んで生まれてきたんじゃないんですから。母は母の人生で、私は私の人生です。母の何かに巻き込まれて私らしさを奪われなければいけなかった事情なんてどこにもない。でも私の人生では子どもの頃、100点を取らなきゃ身に危険が及んだ。暴力を振るわれた。100点を取ることは、私が安全に生き抜くために必要なことでした。

いつの間にか100点を取らなければならない思考が、人生の中に、私のアイデンティティの中に、蔓延して、染み付いて、あたかも100点を取れることこそが私らしさのようになっていた。私が完璧主義になったことは、確かに不可抗力でした。以前このことは否定していました。「そうではない、これは私が自ら望んだこと(言動、性格)であって、母からコントロールされてこうなったわけじゃない」。しかし克服に向けて調べていると、毒親からのコントロールがあったことを受け止めなければ、先に進むことが困難であると知りました。

いつの間にか私は母と同じように、人にも100点を求めるような人間になっていて、人生がうまく進まなくなってしまった。そりゃそうです。私は私にとっての100点以外は受け入れられない性格になっているからです。他人のことをありのまま受け入れることができない。人も私も、なぜこうケンカばかりになるのかが分からなくて本当に困ったし、神経をすり減らすことになったし、傷つけあってしまうし、その辛さは死をも近づけた。

 

その恨みと憎しみは、やり切れない切なさや悲しみ、虚無感となって、そうめんをつゆごと掛けたくらいでは晴らせない。人生を持ってして償ってもらいたい。死んでくれよと切に思う。

 

 

*◆丸腰でスタートを切る

私は、母と同じレベルの人間であることが辛いです。死んでくれよなどと思っている限りは、母と同レベルなんでしょう。もっと精神的な高みを目指す。自分の育ちをを受け入れ、人に左右されない本当の自分を知り、自分らしい価値観を持ち、自分らしい人生を歩む。それができるようになった時きっと、こんな風に母に死ねだなんていちいち思わずに済むのでしょう。母をいちいち恨んだりせずに穏やかに過ごせるのでしょう。

怒りを感じている段階ではまだダメ。それは母の呪縛に囚われている証です。

私はもっと、高みを目指します。

 

 

でも今は、殺してやりたいです。