本当の自分 〜脱・AC〜

性格習慣病。アダルトチルドレン(AC)を克服しようと奮闘する人のブログ。

38💔幼児教育への恐怖(理想と現実と実力)

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私は以前、幼稚園の先生をしていました。たったの4年間ですけどね。今はもう、保育業界にもどるつもりはありません。(^^;;

ちょーっと幼児教育・保育という世界に触れてしまったおかげで、中途半端に経験と知識を得てしまったがために、もどるつもりはありませんというか、怖くてもう戻る気持ちには……。


子どもが育つ環境において、大人(親や先生ほか)の言動が子どもの人格形成に大きく影響を及ぼすことがある…。人生をも狂わせかねない…。それは一体どういうことなのか…。

この問題はアダルトチルドレンの私には身を以て実感させられていることであり、保育現場に立つという視点からいうと、「先生」である私にとっては非常に恐ろしい問題なのです。
※私自身のことは先生の影響って言うより母の影響であったと捉えていますけどね。


では、今回はその話を。

 

 

そいえば、みなさんは保育園と幼稚園の違いをご存知ですか?(^^)

ざっくりいうと…
保育園は親が仕事などで家庭での養育を十分に行えないなどの理由で家庭に代わって子どもを預かる場所。福祉施設の仲間です。でももちろん教育もしてます。

対して幼稚園は、学校の仲間に含まれます。「遊びを通して学ぶこと」を目的としています。でももちろん大体、保育園みたいに預かりもやってます(延長保育や夏期保育など)

現在はその二つの目的、養育・教育という双方のアプローチに加えて子育て支援も行うために作られた、こども園という施設が増えていますね。

これら3つの違いや施設のタイプ、目的などにおいては、もっと細かくイロイロありますが、今回は置いときますめんどくさいので。笑


でも、なんにしても、
そこには先生の技量が要る。
これはマジ侮れない問題。
大抵1年間しか担任持たないけどね。


その子どもができたこと、できなかったこと、どっちも同じように認め、受け入れ、今のその子の今の状態を全部ひっくるめて「先生はあなたが大好きだよ!」って言ってあげる、みたいな、そういうの大事だった…。


先生やってたときの私はそういう気持ちで接してあげることができてなかったって思う…。でも、みんな、先生大好きって言ってくれてた…。本心で言ってる子もいれば、先生に気に入られるための精一杯のウソを言った子もいたかも…。どっちにしろ、こころが痛む…。

 

例えばの話ね。
できたときは、そりゃまぁ、褒めるよね!
でも、「頑張ったね〜」って言って褒めたら、隣で同じように頑張ってるんだけどできなかった子はどう思ったかな…
頑張ったねって褒めるより、その子が「やっ…やったあ!!僕できた!!」っていう喜びそのものに、まずはとにかく、ひたすら共感してあげられればよかったんじゃないのか。。目一杯、子どもとそれを味わってから、次の成長に繋げる課題に取り掛かる。

「頑張ったね〜」って褒めてもらった子も、違う遊びでうまく行かなくなることも絶対出てくるよね。
そういう時は、「一緒に頑張ってみようよ!」って言葉に加えて、子どもに気づかれないようにこっそり手伝ってあげて、あたかも子どもが自分で頑張ったらできちゃった!イェーイ!ってな感じに思わせて達成感を味わわせてあげられるようにしてきた。

でもさ、それでも(手伝ってあげても)、できなかった時もある。根気よく何度も何度も付き合っても、全然できなかった時もある。

それは、手伝い方がその子に合ってないか、単純にその子がまだその段階まで到達してなかったってことなんだけど、そこを見極めてやれなきゃプロとは言えないんだろうけど、まあ凄く難しいことだった…。

お勉強系のガチンコ幼稚園だったから、粉物教育に関してはとにかく上を伸ばして底上げも徹底するみたいな指示が入ってた。出来ないまんま学年や持ち上げちゃうと、前の担任は上の学年の先生たちにめっちゃ悪口言われる…。怖い。。他の先生が何人も悪口言われてるの聞いてひたすら怖かった。そんな事に怯えて、先生である自分が焦っちゃって子どもが出来ないことに余裕が持てなかったし寛容になれていなかったと思う。もちろんブッたり出来なくちゃダメだなんて言ったりしないけど、私の焦りやイライラは絶対子どもたちに伝わってたと思う…。

ごめんね。先生なりにやったんだけど、今思うと傷ついた子もいっぱいいるはずだって……。ごめんね。みんな。。


できなかったとき。それこそ、めっちゃ大事だったのかも。先生もどうしたものかと悩んじゃうし、子どもも自信喪失したりやりたくなくなっちゃったりってなる。

そしたら、まずはとにかく「僕、できなかった…」っていうしょんぼりに、ひたすら共感してあげればよかったんじゃないかなあ…。とにかくそれをやるべきだったんじゃないかな…。私は違ってたと思う。。

出来なかった時はすぐさま、もっとこうしてみる?  とか頑張ればできるよ〜とかなんとか言って励ましたり、とことん付き合うよ〜とか言って何度も繰り返し練習させたり…しちゃってた…。

それじゃまるで、頑張らなきゃダメで、出来ないこともダメ、…ってなっちゃうんじゃないかな…。あの子たちにそう思わせちゃってないかな…。罪悪感…。。


私は母に極端に、なんでも出来なきゃダメって言われて育った……。
「できる」以外は認められなかったの。例えば学校のテストも、100点以外はシバかれる。身体的にも精神的にも、シバかれる。そのシバき方は他の記事に書いてあるんだけど、とにかく「できる」以外は許されないのね。99点って惜しかったね〜みたいな「惜しい」とかさえ、無い。シバかれる。笑

テストのみならず、生活のこと全て、母にとっての「できる」に及ばないことは、シバかれる。でも子どもなんで、大体できないじゃないですか、私においてももれなく。なので、日々、シバかれる。日々、「どうしてこんなこともできないの?」「何回言ったらわかるの?」「こんな子に育てた覚えはない」「バッカね〜呆れた」などの言葉で精神的にシバかれ、殴られるなどで身体的にもシバかれる。

でもさ、子どもって純粋だし、親の言ってることは絶対っていうか疑わないから、そのまんま信じちゃう。

「できないのは“バッカ”である」
「できないのは、悪、なのだ」

なので、必死にそのラインに到達し、認めてもらおうとする。そして、そのラインが生きる上での正しいものだと認識される。信じて疑わなくなる。信じると言うよりそう言う基準の人間に育つ。
私は、何年も、シバかれる→認められるよう努力しまくる→自分の行動は正しいと信じてしまう、を意図せず繰り返した結果、完璧主義者に仕上がったんですけどね!

 

その後の私は、大人になってから、その完璧主義から来る自分の合格ラインを、婚約者にも強いる、という行動に出てしまいます…(^^;;  友人や職場の人にはしないのですが、なぜか恋人には求めてしまいます。
「できないのは、悪」です。無理やり彼を、自分基準の合格ラインまで持っていこうとします。でも、価値観の違いを認められず、婚約者とうまくいかなくなり、そのお相手とは結果お別れすることになります…。自分で価値観の違いに耐えられなくなっちゃうんです…。貴方のためよ、とかなんとか彼の親まで巻き込んで言いくるめて、ほとんど強制的に別れに持ち込みました。

 

 

……。

 

 

もしも、こどもの頃…
できなくても受け入れられ、認めてもらえる環境で育っていたら、こんな性格になってなかったかもしれません。
なんて言っても仕方ないのですが。


ま、私の話は極端な事例だし家庭の話なんですけど、幼児教育の現場においても大切なことだと思う。このことは大学で散々習ったのに、理解してなかった…。

 


と、いうことで、、、
私は、幼児教育に携わるのが、スーーーッゴイ怖くなっちゃったんです。
この子の未来を壊したらどうしよう、大人になった時私みたいなつらい思いをすることになっちゃったらどうしよう、死んでも償えない…
そんな感じ。
将来は考え方も変わるかもしれんけど、
今は、そんな感じ。

私こわい:(;゙゚'ω゚'):
それでも、母になったり、先生をやってる人もいる。すごい。

私には、こわくて……。

そりゃ、みんな正解なんて分からないでしょうし、子育てに正解はない、なんて言葉はよく聞きます。
多分、みんな怖かったり、不安だったり、自信もてなかったりする中でも母や先生をやってるんだと思うんですが、今の私はとりあえずビビりまくってます。過去に担任を持った子たちに罪悪感持ってる…。

とにかく共感してあげれば、いい方向に向かうんじゃないのかっていう今の思いと、果たして複雑な保育現場のなかでちゃんと子どもにそれをやってあげられるだろうか、という怖さと、私には全然実力はないな、っていう現実。

 

前の園では、方針に沿ってなるべく俗にいう「できる子」にしなきゃいけなかったことが難しかった…。こんなに小さい子にこんなにやらせていいのかなっていう疑問はいつも抱いてた…。でも、園長先生は、小学校の先生からうちの園児はきちんとしてるって褒められるって言って誇りにしてた…。葛藤があった…。でも、園のやり方に反発するなんて考えもしなかった…。私は間違ってたんだろうか…。

 

せっかく幼稚園の教員免許と保育士資格持ってるけど、多分これを生かすことはもうないだろうな…(›´_`‹ )

ま、そもそも! 保育業界は私なんかを必要としてないでしょうけどねっ!笑
あーっはっは!

 


……。

 

 

あの時傷ついてしまった子どもたち、いるよね…。ごめんね。本当にごめんね…。先生に言われたことなんて気にしないで。先生に言われたことは忘れてしまって。あなたはそのままで、素晴らしい存在です。

 

…ごめんね。